大好きな趣味

写真を撮るもう一つの理由

タイトルがタイトルなのにカメラの話はあまりしない、少し重めの日記です。

 

 

認知症の祖母が老人ホームに入って、1年ほどが過ぎた。

上の子は何度か会っているけど、なぜか「なるちゃん」としか呼ばれない。

何度訂正しても「なるちゃん」だ。

上の子の本名に全くかすっていない。

たまに私の本名で呼ぶときがあった。

この時はこの時ですごく悲しかった。

でも、自分に孫がいること、孫に子供がいることは理解できてたからまだよかった。

 

私は今出産のため里帰りしている。祖母に1年ぶりに会いに行った。

1回目に会いに行った時、話しかけても反応がなかった。

「この子が○○くん(上の子)で、もうすぐ赤ちゃん産まれるんだよ」

と言ってみたが、何も言わない。

自分にひ孫(上の子)がいることはおろか、孫(私)の存在も、子供(父)の存在も分からないようだった。

父曰く、覚えているときといないときがあるらしい。

 

2回目、出産してから下の子を見せに行ってきた。

相変わらず、名前は呼んでくれないし、孫や子供のことが分かっているのかいないのか。

でも、赤ちゃん(下の子)や上の子に対する反応はあった。

手を握ってくれた。

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調子がいいときだったようだ。

たぶん私たちのことは覚えてないけど。

 

どうしたら思い出してもらえるだろうか?

 

ひ孫ズの写真を送ればいい?

自分のひ孫の写真なら喜んで受け取ってくれるはずだ。

 

と思ったのだが、子供や孫がいることも覚えていないのに、知らない子供(ひ孫)の写真なんているだろうか。

では、私や父が写っている写真なら喜ぶだろうか。

祖母自身や亡くなった祖父が写っていればさらに喜ぶかな。

 

と考えて、そもそも喜ぶのか?感情らしい感情も見せてくれないのに。

覚えていない人の写真なんて欲しいのだろうか。

これはただの私の自己満足ではないか。

 

 

 

祖母が我々の写真をもらって喜ぶのか?祖母のためになるのか?

という問題は一旦さておき。(答えは永遠に出ないからね)

 

私は祖父母とは離れて暮らしていたが、年に数回は里帰りしていた。

カメラ付きの携帯電話が普及する前、写真というものは運動会や誕生日などの特別なときに撮るものだった。

年に数回里帰りしたところで、特に写真など撮らない。

子供が大きくなったらなおさら撮らない。

よって、私が祖母と写っている写真は赤ちゃんの頃と七五三の三、

そこから20ン年後に撮ったもの(家の前で撮った家族写真)、前回会いに行った時の写真ぐらいだった。

幼稚園〜社会人までがごっそりない。

 

時代が時代だから仕方がないけれど、なぜ祖母と一緒の写真がほぼ無いのか、撮らなかったのか後悔している。

フィルムカメラだから、今のようにメモリの限り撮り放題ではない。

それでも、記念日ごとに何枚か撮っておけばよかった。

あの頃は写真の価値なんて何も分かっていなかった。

そして、子供にはこの後悔をさせたくないと思った。

 

前置きが大分長くなったけど、

私が写真を始めたのは、天使すぎる子供の写真を残したいからだ(親バカ)。

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もう一つ、撮りたい理由ができた。

子供と周りの人の写真をたくさん撮りたい。

 

今回、3ヶ月もの長きに渡り里帰りしているわけだが、私は3人目を産むつもりはない。

よって、これほど長く実家にいることはおそらくもう無いだろう。

子供を産むまではわからなかったが、私の両親は孫が好きだ。

上の子のイヤイヤにイライラすることもあるが、毎日でろでろしながら相手をしている。

この里帰りが両親と子供の写真を撮る最大のチャンスだ。

もし、私の両親が認知症になったら、覚えてなくても孫との写真を見せよう。

子供にもたくさん写真を見せよう。

できれば、たまには私のことも撮ってもらおう。

(子供の写真の9割は私が撮ってるから、私自身は悲しいくらい写ってない)

 

今は周りの人と子供の写真をたくさん撮ろう。

 

 

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