私の思うこと

あの日撮った写真が最後になった

こんにちは。
これだけは書かないと前に進めないので書かせて欲しい。
中には不快な内容もあるかもしれないけど、ごめんね。そんなときはそっと閉じてください。

 

 

 

 

 

1泊が連泊になった理由

日曜日、急に「祖母が入院している」という連絡があった。
月曜日1泊のつもりで、次男と実家のある岐阜へ。

新幹線に乗ってる途中で「危篤」そして「亡くなった」という連絡が。

最期に一目生きている姿を見たくて新幹線に乗ったんだけど、仕方ないよね。

家族も誰も看取れなかった。
ドラマのようにはいかないものだ。

そもそも、認知症でここ数年まともに話せなかった祖母は、私たちのことを覚えているかどうかわからなかった。
会いには行っているが、意思疎通レベルは1歳半よりもひどく、誰のことも認識していなかっただろう。
意味わかんない人(=我々家族)たちに囲まれるために、息をひきとるのを我慢する必要はないよね。
好きなタイミングでよかったんだと思う。

普通なら1日後に通夜、2日後に葬式なのだが、2日後は友引のため火葬場が開かないらしい(こんなこともあるもんだ豆知識)。
というわけで、通夜は2日後でお葬式は3日後になった。

本気で1泊分しか荷物を持っていなかったのだが、東京→岐阜までは12,000円・かつ1歳児を連れて往復するのはつらい。このまま連泊することにした。

最近仕事を調整してもらったり、ツイッターで「1泊が連泊になった」という理由は祖母のことでした。(お仕事関連の方には説明しましたが)
調整いただき、本当にありがとうございました。
今後はパソコンの電源持って出掛けます。

何年も認知症で寝たきりだった祖母

祖母の話は前にもしているが、何年もまともに話せていない。

写真を撮るもう一つの理由タイトルがタイトルなのにカメラの話はあまりしない、少し重めの日記です。     ...

上の子のことはギリギリ、下の子のことは知らない人(私)の子供だと思っていただろう。

施設に入ったのは4年前なんだけど、思えば認知症自体はその前からずっと進行していて、実は10年くらいなんじゃないかと思う。
認知症って気づいたら進行してるから、わからないんだよね。本人も家族も。

最初はただ物忘れがひどいなーくらいだったのが、だんだん「お金とったでしょ」「まだ食べてない(さっき食べたばかり)」になり、トイレや食事の方法すら怪しくなり、ある日トイレでコケて骨折してしまった。

骨折で寝たきりになり、老人ホームに入ることになった。

認知症「だけ」だと施設に入るのは難しいんだそう。
寝たきりになると、点数が上がるから入れるんだって。
めっちゃ大変だったのに変だね。

思えば、「お金とった」とか「ご飯食べてない」って言ってる頃は生きてたな。
大変だったけど。

老人ホームに入っても、何度か会いに行った。
施設に入ればそれなりの訓練があるとはいえ、認知症は進行し続ける。

なんとか会話できなくもない→会話できない→歌しか歌わない(最期)

こんな感じだった。
一番最後は歌を歌っていた。どんな歌なのかは覚えていない。
「お金とった」も「ご飯食べてない」も言わないが、意思が全くなかった。

半年前に会ったとき、お茶はマグマグの中に入っていた。
80過ぎたばあちゃんが赤ちゃんようのマグマグかい…と思ったものだが、自分でお茶も飲めないということ。
もちろん食事も自分でできなかっただろう。

服は家族が適当に買ってきたものを着ていたし、食事は施設の人が食べさせていたし、移動は施設の人に連れて行ってもらわねばならない。
ここ数年は、食べたいものも行きたい場所も着たい服もやりたいことも、本当に何も無かった。
1歳次男のほうが、意思を持っている。

生きているとは

少し不謹慎なこと言うね。不快になったら何も言わずにそっと閉じて欲しい。
誰かにとっては不謹慎かもしれないが、私はここからの文章を数年後泣きながら読み返すんだと思う。

生きてるってなんだろうな…って思ってた。
誰のせいでもないんだけど、誰が選んだわけでもなく、本人は不幸ではないが幸せでもない。

祖母には長生きしてほしかったが、こんな状態で長生きしてほしかったわけではない。
下の子のことをちゃんと認識してほしかったし、上の子と遊んでほしかった。
まだまだ話したいことはたくさんあったんだけど、意思疎通ができなくなってしまったよ。

「お金とった」で揉めてるときは悲しかったが、この状態の祖母を見ていると別の悲しさがあった。

生きてるってなんなんだろうね。
やっと解放されたのかなとも思うんだ。

亡くなったときも、葬式中も、骨上げ中も、誰も泣かなかった。誰も泣けなかった。
生きててもこんな状態だったから、ある意味ほっとしたんだ。
どこで泣けばよかったんだろうと、みんなが思っている。

とても泣きたいから、この文章を書いているんだ。
私はあとで読み返して泣くために、あえてネットに垂れ流している。

空で好きなことをいっぱいしてほしい。お疲れ様。

あの日撮った写真

老人ホームに行くたびに、写真を撮っていた。
その1枚が遺影になった。

だったら、もうちょっとちゃんと撮ってあげればよかった。
jpegで撮ったから、まともな加工もできなかった。
せめて、真正面で撮ってくれよあのときの自分。
この写真がずっと仏前に飾られるのか。

だってさ、あの日撮った写真が遺影になるなんて、思いもよらなかったんだ。
意味わかんないやつ(私)に勝手に撮られて、それが遺影になってごめんね。

空で会えたら、もっとまともな写真を撮るよ。